0〜2年以内に仕掛けたいモデルがあります。
環境教育や様々なエコムーブメントでも市民の「意識」の重要性が注目されています。
当たり前の話ですが、人々の「意識」は経済原理の根底にあって、人の意識が変らなければ社会も変らないことは事実でsu.
、逆に人の意識が変れば、社会はシフトしていくと思われます。
しかし、「意識」をシフトする重要性は、来る低経済時代には社会の一極にすぎないと思います。
今後、国の経済力が落ちる中で、国内の貧富の差は広がり、食べていけない人が増えます。
今のアメリカの状況に近いかもしれません。
変化する期間の問題はありますが、この方向性は間違いないと思います。
食えない人が都市部に縋るとホームレスが増えたり、スラム化が起こると思われます。
それは更なる問題を引き起こし、悪循環が進みます。
しかし、彼らが田舎に出ることができれば、様々な社会問題が解決します。
意識を変える必要があるのは、富を持つ中央の人間ということになります。
経済の核である大きな富を持つごく一部の人間が変らなければ、日本経済は変らないので、「意識」を変えるアプローチは続けていかなければならないと思います。
しかし、もう一つの一極である「食えない人々」には意識の教育は余り必要ないと思います。
必要なのは少しの情報と、きっかけとなる「場」ではないかと思います。
いざ食べられなくなれば、今までどんなに変えようと思って変えられなかった意識も、とたんに変ります。
鈍い人でも二日もあれば考えが変る気がします。
都会で生活してきた人が突然田舎にでるには、それなりの「能力」が必要と言われています。
しかし、能力の問題もやらねばならない状況では、やれてしまうものです。
人の適応能力はその多くが眠っているだけど、たたき起こせばかなりの能力を殆どの人が発揮できるはずです。
鈍い人でも数ヶ月もすれば人が変ったように、適応している気がします。
しかし、今のままでは彼らに田舎に行くという選択肢は殆どないと思います。
どこに行っていいかも分からないし、田舎に行ったところで簡単に地域に入れるわけでもないです。
人は環境が変れば比較的短期間で適応できのに対して、田舎は数ヶ月じゃ対応できません。
田舎に受け皿をつくることが、今、求められていることなのではないかと思います。
環境教育やニート対策などに大きな予算が当てられています。
次世代を育てるために教育への投資は欠かせませんが、それ以前に行き詰る社会への対応も同時に必要です。
単純に相対的な国の経済力は低下していきますし、政府の経済破綻や関東圏への直下型地震などの大きなリスクも控えています。
(特に地方都市では)食えない人間が急増することは、そう遠い話ではないと思います。
では、田舎に受け皿を作るにはどうすればいいのでしょうか?
より豊かな暮らしを求めて、田舎へ移り住みスローライフを楽しむ人が急増しています。
将来のことを少し考えれば、賢明な人や、都市部の競争社会に飽きた人には当然の選択だと思います。
この流れをバックアップするような育成機関や、育成の場、助成も必要なのですが、これは、どちらかというと余裕のある人が、より豊かな生活を求めるために、より豊かな土地へ移る感じがあります。
しかし、これは多くの問題を解決しません。
例えば、今沖縄への入植者が急増しています。
リタイア組を中心に余生を豊かに暮らしたい人や田舎のスローライフを満喫したい人が、ささやかな貯蓄をもって移住します。
より豊かな土地を求めて移住することは、個人的には望みたいところですが、持続的な入植率を大きく越えた現状は、「早いもの勝ち」と言っても過言じゃありません。
ターゲットは都市部の余裕のない人々です。
この層にどう対応するかが社会の大きなネックになります。
それに追い込まれて後がない人は一生懸命適応します。
田舎に入るには、様々な敷居の高さがあります。
生活力など仕事をこなす能力も問われますが、排他的な意識があるなど地域の人や地域性に溶け込むことが難しいです。
しかし、この敷居の高さは維持しなければならないと思います。
この敷居が守る地域性やコミュニティの連帯感、結束というものがあります。
また、人気の高い土地では入植者だけで一つのコミュニティを形成するようなことが起きてしまいます。
しかし総合的・長期的に土地の財産はなんのか?持続に必要な要素は何なのかを考えれば、長年続いた地域性や先人の知恵を失うことは勿体無い話です。
そこで、「とりあえず」その田舎に行って、何とか食い凌げる「場」があればそれだけでいいと思います。
田舎に入ってきた人は、ドヤで雨風を凌げて、最低減の仕事や仕事の仲介を受けることができればいいです。
それなりに働いて、適当に生活できれば、飢え死にも凍死もしなければいいと思います。
例えば、期間は最長で6ヶ月と設定して、その間に地域を理解して、地域の人との繋がりを作り、仕事を見つけたり作って、家を探すことができれば正式に移住すればいいと思います。
地域に馴染めない人や、仕事が解決しない人もいると思います。
そんな人は別の田舎へ移ってまた半年間チャレンジすることになるかもしれません。
また都市部に戻る人もいるかもしれません。
転々と旅人生活をする人もいるかもしれません。
田舎移住は大きな可能性を持っていますが、それは最終的な選択ではなくて、「とりあえず行ってみる」という選択肢を作ることが重要であり、多くの社会問題を解決する一つの方法ではないかと思います。
結果的に、都市部の田舎志向の人を多く受け入れている地は増えてきましたが、積極的に「とりあえず来たら何とかなる」売りにしている地域はまだないと思います。
ドヤ的な「場」を10年以内に30箇所以上、九州に作れたら一つの風穴を社会に開けることができるのではないかと思います。
九州で30モデルというのは僕にとっては意味のある数字です。
今から10年間は道州制をにらんで九州で活動して行こうと思ってます。
フィールドの面白さ、自然や文化の豊かさ、自治区としての規模、東京からの距離、アジアとの距離など総合的に考えると、自治区としても経済的にも文化圏としても、道州制として自立できる可能性が一番高い(早い)のは九州だと思います。
九州で30のモデルを作ることは全国の中の30ではなく、州としての一つのモデルの一翼になると思います。
ドヤ的な「場」に限らず、九州で成功した低経済に強いモデルは、北上させる必要があります。
鹿児島の離島以南のモデルは、ナイチでは通用しないのでしばらくは鹿児島の離島以南を見ることは止めにしました。(これは結構前に決めたことです。)
これがやりたいことの上位にあります。
やりたいことが沢山ある僕は、一人で30を仕掛ける体力と時間は意識がありませんが、この流れは作って行きたいです。