田舎にドヤ街全体に公開
2006年03月06日20:08
0〜2年以内に仕掛けたいモデルがあります。

環境教育や様々なエコムーブメントでも市民の「意識」の重要性が注目されています。
当たり前の話ですが、人々の「意識」は経済原理の根底にあって、人の意識が変らなければ社会も変らないことは事実でsu.
、逆に人の意識が変れば、社会はシフトしていくと思われます。

しかし、「意識」をシフトする重要性は、来る低経済時代には社会の一極にすぎないと思います。

今後、国の経済力が落ちる中で、国内の貧富の差は広がり、食べていけない人が増えます。
今のアメリカの状況に近いかもしれません。
変化する期間の問題はありますが、この方向性は間違いないと思います。

食えない人が都市部に縋るとホームレスが増えたり、スラム化が起こると思われます。
それは更なる問題を引き起こし、悪循環が進みます。
しかし、彼らが田舎に出ることができれば、様々な社会問題が解決します。

意識を変える必要があるのは、富を持つ中央の人間ということになります。
経済の核である大きな富を持つごく一部の人間が変らなければ、日本経済は変らないので、「意識」を変えるアプローチは続けていかなければならないと思います。

しかし、もう一つの一極である「食えない人々」には意識の教育は余り必要ないと思います。

必要なのは少しの情報と、きっかけとなる「場」ではないかと思います。

いざ食べられなくなれば、今までどんなに変えようと思って変えられなかった意識も、とたんに変ります。
鈍い人でも二日もあれば考えが変る気がします。

都会で生活してきた人が突然田舎にでるには、それなりの「能力」が必要と言われています。
しかし、能力の問題もやらねばならない状況では、やれてしまうものです。
人の適応能力はその多くが眠っているだけど、たたき起こせばかなりの能力を殆どの人が発揮できるはずです。
鈍い人でも数ヶ月もすれば人が変ったように、適応している気がします。

しかし、今のままでは彼らに田舎に行くという選択肢は殆どないと思います。
どこに行っていいかも分からないし、田舎に行ったところで簡単に地域に入れるわけでもないです。

人は環境が変れば比較的短期間で適応できのに対して、田舎は数ヶ月じゃ対応できません。
田舎に受け皿をつくることが、今、求められていることなのではないかと思います。

環境教育やニート対策などに大きな予算が当てられています。
次世代を育てるために教育への投資は欠かせませんが、それ以前に行き詰る社会への対応も同時に必要です。
単純に相対的な国の経済力は低下していきますし、政府の経済破綻や関東圏への直下型地震などの大きなリスクも控えています。
(特に地方都市では)食えない人間が急増することは、そう遠い話ではないと思います。


では、田舎に受け皿を作るにはどうすればいいのでしょうか?
より豊かな暮らしを求めて、田舎へ移り住みスローライフを楽しむ人が急増しています。
将来のことを少し考えれば、賢明な人や、都市部の競争社会に飽きた人には当然の選択だと思います。

この流れをバックアップするような育成機関や、育成の場、助成も必要なのですが、これは、どちらかというと余裕のある人が、より豊かな生活を求めるために、より豊かな土地へ移る感じがあります。

しかし、これは多くの問題を解決しません。
例えば、今沖縄への入植者が急増しています。
リタイア組を中心に余生を豊かに暮らしたい人や田舎のスローライフを満喫したい人が、ささやかな貯蓄をもって移住します。
より豊かな土地を求めて移住することは、個人的には望みたいところですが、持続的な入植率を大きく越えた現状は、「早いもの勝ち」と言っても過言じゃありません。

ターゲットは都市部の余裕のない人々です。
この層にどう対応するかが社会の大きなネックになります。
それに追い込まれて後がない人は一生懸命適応します。

田舎に入るには、様々な敷居の高さがあります。
生活力など仕事をこなす能力も問われますが、排他的な意識があるなど地域の人や地域性に溶け込むことが難しいです。

しかし、この敷居の高さは維持しなければならないと思います。
この敷居が守る地域性やコミュニティの連帯感、結束というものがあります。
また、人気の高い土地では入植者だけで一つのコミュニティを形成するようなことが起きてしまいます。
しかし総合的・長期的に土地の財産はなんのか?持続に必要な要素は何なのかを考えれば、長年続いた地域性や先人の知恵を失うことは勿体無い話です。


そこで、「とりあえず」その田舎に行って、何とか食い凌げる「場」があればそれだけでいいと思います。
田舎に入ってきた人は、ドヤで雨風を凌げて、最低減の仕事や仕事の仲介を受けることができればいいです。
それなりに働いて、適当に生活できれば、飢え死にも凍死もしなければいいと思います。
例えば、期間は最長で6ヶ月と設定して、その間に地域を理解して、地域の人との繋がりを作り、仕事を見つけたり作って、家を探すことができれば正式に移住すればいいと思います。

地域に馴染めない人や、仕事が解決しない人もいると思います。
そんな人は別の田舎へ移ってまた半年間チャレンジすることになるかもしれません。
また都市部に戻る人もいるかもしれません。
転々と旅人生活をする人もいるかもしれません。
田舎移住は大きな可能性を持っていますが、それは最終的な選択ではなくて、「とりあえず行ってみる」という選択肢を作ることが重要であり、多くの社会問題を解決する一つの方法ではないかと思います。


結果的に、都市部の田舎志向の人を多く受け入れている地は増えてきましたが、積極的に「とりあえず来たら何とかなる」売りにしている地域はまだないと思います。

ドヤ的な「場」を10年以内に30箇所以上、九州に作れたら一つの風穴を社会に開けることができるのではないかと思います。
九州で30モデルというのは僕にとっては意味のある数字です。
今から10年間は道州制をにらんで九州で活動して行こうと思ってます。
フィールドの面白さ、自然や文化の豊かさ、自治区としての規模、東京からの距離、アジアとの距離など総合的に考えると、自治区としても経済的にも文化圏としても、道州制として自立できる可能性が一番高い(早い)のは九州だと思います。

九州で30のモデルを作ることは全国の中の30ではなく、州としての一つのモデルの一翼になると思います。
ドヤ的な「場」に限らず、九州で成功した低経済に強いモデルは、北上させる必要があります。
鹿児島の離島以南のモデルは、ナイチでは通用しないのでしばらくは鹿児島の離島以南を見ることは止めにしました。(これは結構前に決めたことです。)

これがやりたいことの上位にあります。
やりたいことが沢山ある僕は、一人で30を仕掛ける体力と時間は意識がありませんが、この流れは作って行きたいです。

コメント

平成の寅さん2006年03月06日 23:17
 言いえて妙なり。30モデルのひとつとして立候補。
ミキティ2006年03月07日 00:27
宮崎の西都(古墳で有名。春は桜や菜の花もきれい。)に廃村になった寒川という集落があります。友達がそこに手を入れて、再生する様子を映画にしたいと考えています。私も、この前その友達と行ってきましたが、もう誰も住んでない緑豊かな山奥の寒川には人知れず、真っ赤な桃の花がきれいに咲いていました。古くなった学校や、神社、土壁が残る昔ながらの家屋は朽ち果てていました。本気で、ここに住む気がある人が出てくれば、この場所は素敵な桃源郷になると思いました。山と山の間にはエメラルド色の川が流れ、目を閉じて耳を澄ませば、川の水の音、鳥の声が聞こえてきます。この寒川、宮崎市内から1時間くらいの場所にあります。
寒川に関して→http://page.freett.com/uniuni16/sabukawa.html http://page.freett.com/uniuni16/school3.html
とりあえず来たらどうにかなる場所ではないけど、紹介したくて。
いちろー2006年03月07日 00:36
なんかグググッと来る話です。
おもしろい。
俺は何の役に立つかわからないけど、すばるくんの計画に協力します!
↑のミキティさんの寒川のHP見ました。是非行ってみたいと思いました。ここ一年のうちに訪れてみたいと思います。
マグナム2006年03月07日 01:19
もっと話を聞きたいw
tanise2006年03月07日 10:12
「最低限の仕事内容」はどんなものをイメージしてますか?
跡継ぎの居ない農家の増加と共に、農業法人が急増、今後「採算の取れる土地」での農業の「会社化」はぐっと進んで行くと思われます。
すると農業・林業の世界でさえ「就職(若い/優秀な労働力の選抜)」のターゲットとなるでしょう。
既存の農家をたたみ(おじーちゃんもおばーちゃんも専門職として)会社に就職して行く中では「入りやすさ」は増すと思いますが、「食えない」理由も様々ある中、就活の厳しさは都市部から郊外へも広がっているんじゃないかと・・・。
そのへん、どうでしょう?
subaru2006年03月07日 12:16
菊池は可能性ありますよね。
これは、僕が学生時代にお世話になった先生が言ってた事ですが、現在の情勢で事業的に成り立つ自然学校をするなら福岡の日帰り圏内である西は唐津、南は菊池、東は平尾台がいいと言ってました。
福岡からの集客事業では、他の土地にはない強みがありますよね。
水源のことはよく知らないので、何とも言えませんが、何となく感じていることとしては、まだ地元の人の方向性や、地元の人と外から入ってくる人とのスタンスが確立していないので、その辺をもう少しすり合わせていかないと、外から人が沢山入ってくることに耐えきれない部分もあるかなぁと思ってます。
きらりが地元の人達の意志で立ち上がったという背景があるかもしれませんね。
最終的に目指しているところは相違ないと思いますし、対外の地域コンセンサスを確立するのはそんなに時間がかからないと思うのでやっていきたいですね。
subaru2006年03月07日 12:21
taniseさん
さすが、いいところを突いてきますね。ありがとうございます。
ちょっと極端な話になってしまいますが、農業と1モデルの話を少し。

田舎で暮らすには多くの人が農業に関わらざるえないと思いますが、農業だけで食べるのは難しくなると思います。


異業種株式会社の本格的農業参入特区を、16年度には全国解禁とか言ってましたけどあれはどうなったんでしょう?
(ニュース見てないけど、既に始まってるのかな???)
いずれにしても近いうちに規制緩和され、本格的に異業種の大手メーカーが農業へ参入すると思われます。
国内自給率が4割(Cal)という悲惨な状況ですから、多少、良かれ悪しかれ農業の企業化、社会化を進めていく必要があると思います。

農家は一定の規模以上(種目によりますが、家族5人〜)で、ちゃんと経営するとかなり儲かる産業だと思います。
しかし、経営力があって、リスクに耐えられる体力のある農家がかなり少ないのも実情だと思います。
大手に参入されると立ち行かなくなる農家はかなり多いと思います。

そこでよく言われるのが大手の隙間というところで「有機無農薬・安全安心な作物」を田舎の農家の売りにして、産直していけばいいと言われています。
地域と地域、人と人が結びつく義理人情半分の産直形態には可能性があると思いますが、「有機無農薬・安全安心な作物」なら大手に勝てるというのは間違いだと思います。

大手が本気で、「有機無農薬・安全安心な作物」を作りだしたら、殆どの農家はその競争に勝てないと思います。
清酒業界でも多くの大手は「いい酒」を売りません。田舎の小さな酒蔵の生き残りは、本気で美味しい酒を作るしかないと思ってましたが、大手メーカーが非売用に作っている原酒を飲んでびっくりした事がありました。
生産量を2〜4割り落とせばかなり質の高いお酒も作ることができるみたいです。しかし、社会ニーズがそうさせていないだけで、ニーズが高まれば質を上げる銘柄を増やすかもしれません。この時「味」では勝ち目がないと思いました。

農業でも同じことが言えると思います。
農業特区でカゴメがトマトの生産工場をやってます。そこでは、地元の優秀なおじいちゃんを受け入れて、大量生産ベースでそのおじいちゃんの味を再現しようと取組んでました。(その他の農家はたまらないですよね)

ということで、企業による営利事業としての農業とライフスタイルとしての農業に二極分化すると思います。
ライフスタイル(百姓)としての農業は、田舎へ移住する人を中心に増えていくと思います。
家庭菜園の延長で1〜数世帯で食べる作物を作る程度の規模が多くなると思います。

しかし農耕を持続的に回していく為にも多少のお金は必要で、仮に一部の作物を換金できたとしても自給自足的に何でも作って生活していくことができる人は限られています。
そこで、半分農業や半分林業・漁業をしながら、もう半分で家内工業や百姓としての能力やを身につけていく必要があると思います。
二つのモデルが考えられると思います。
ある程度競争力のある商品やサービスを提供できる場合とそこまで届かない場合。
競争力を高める手段として、家内工業するにしても村のブランドを確立して、出荷の安定、品質の安定など一人では難しい銘柄作りの仕組みをしていく必要があると思います。

外貨を稼ぐことができない場合は自給自足するしかないと思いますが、家族単位で自給自足できる人は少ないと思います。
そこで得意分野を研き役割分担することでコミューンとしての自給自足を目指すことことは比較的簡単だと思います。
この家は油、この家は醸造など・・・昔の部落のイメージに近いものがあると思います。

何か開拓民みたいになってきましたね。。。。
コミューンからスタートしても、技術を磨けばそのうち競争力のある製品やサービスを提供できるようになると思います。
tanise2006年03月07日 12:58
とりあえず「ドヤ」での受け入れは、「自給自足」までを目指すってことでしょうか?
それはベースがないと出来ないので「会社に入る」か「(農家の)手伝いをする=日雇い」かってことですかね?
専門業(醤油など)での「跡継ぎ募集」的受け入れだと、これまた若い層へのニーズになってしまいますよね。

北九州でホームレスが生きて行けているのは、空き缶回収や日雇いによる日銭入手がまだ出来るからであって、「飢え死にも凍死もしなければいい」というのはとても魅力的ではあるのですけど、果たして「田舎」にどれだけの「流れ者を支える素地」があるのか、まだ見えません。
(夫の実家も耶馬渓で農家ですので部落の雰囲気はある程度知ってるつもりです)

ドヤ=被差別地になる可能性と、あと自治体に対しての税、また被保険の関係も気になります。
(過疎地が入植を歓迎するのは自治体収入と経済の活性化が
主軸にあってのことではないかと思うので)

全否定しているわけではないのですが、可能性がよく見えないので、もうちょっと話がしたいですね。

ここ数年の「農業」に対する若者(〜40代層)の憧憬熱は目を見張るモノがあるので、「低所得者層」の入る余地についても心配してます。
tanise2006年03月07日 13:00
新・農業人フェア
http://www.nca.or.jp/Be-farmer/snj-fair/index.html
農業はもはや週休二日、ボーナス・保険あり、です。
subaru2006年03月07日 13:17
(株)の本格参入特区は、今年の9月1日から全国展開だそうですわ。

新・農業人フェア。。。。時代ですね。
全国農業会議所は特区慎重派だった気がします。
(株)参入に向けた、既存農業法人の基盤作りに躍起になってるんじゃないでしょうか。
subaru2006年03月07日 19:05
寒川情報ありがとう。

離村するときに、流しを壊させられたという話、胸が詰まった。
ヒドイはなしだよ。

残りたい人もいたけど、村の決定で強制的に移住って話は他にも聞いたことがあったけど、やるせないね。

寒川には一度行ってみたいな。そしていろなん土地を訪ねてみたいな。
平成の寅さん2006年03月07日 22:35
 『農業』はビジネスではなく、次世代へ「食」「暮らし」「自然」を守ってゆく営みなのだと、今日会ったおじいちゃんは言ってました。
 週休2日? 
 ボーナス?? 棒に茄子??? 
 保険??? ぼけん???? 

本質を見失うと、ホンモノがわからんくなる世の中に。。
どうして生きものを扱う世界に、週休2日が??? ありえんばい。。
tanise2006年03月07日 22:46
>週休二日
社員がいっぱい居るから交代で休めるんですって。
TVで観た社員のおばーちゃんは「そ、私、キャリアウーマンよ(笑)」って言ってた。
病気になった時自分が休んでも畑は守れるって。
れいちゃん2006年03月09日 04:02
仕事がない、仕事につけない若者・・・って、「自信が持てない」人も多いと思うんですよ。経験がないから、経験させてもらえてないから、だったりして。でも、実はすごいエネルギー持ってたりするんですよね。
「生きる」っていうことは、もっとダイナミックな営みで、自分でつくり出せるものがたくさんあるということ、自分が動けば変わるということ。そんな経験が出来る場があちこちにあれば、と思います。ついでに、そこから新しいビジネスモデルが生まれれば。
田舎ではその可能性、十分にあると思います!
そのことと、手入れされていない森林や、農地、ここに人が入ることで、地域の問題の解決にもつながる方法で。

subaruくんのモデル、とても興味深く思います。
JOSE2006年03月09日 11:50
塾でバイトして、月20万稼いで、その金でヴィトンの財布買う日本のインテリ学生がもう少しこういう活動で遊ぶセンスを持ち合わせていれば…と最近思います

貧困は自分とは関係ない、そう感じるのも無理もない気もしますが
典型的医学部生の生活圏に貧乏人はいませんから

これって階層社会?
subaru2006年03月12日 11:42
世というものは、流されるから怖いんだよね。
ここに立っていると有り得ないと思う価値観や世界観も、立場が変われば気づかずに受け入れてしまうということは、多くの人にも自分自身にもあるもんな。

医者や政治家は世襲が多いけど、世襲が多い業種は結構多いと思うよ。
伝統的なものは、世襲制がないと守りにくい業種もあるしね。
それを横割りと縦割りと考えるかは価値観だけど、この資本社会では、階層と言ってもいいかもしれないね。