自然学校業界に足を踏み入れようかしている女の子が一人。
「いつまでたっても未熟な私に、子どもの教育なんてできるんだろうか」と不安な様子。
某自然学校オサがいつものように熱く語る。
「キョウイクってのは一方的に教えるだけじゃない、共育とも書く。自然学校ってのは自然や先人の知恵から学ぶ場、その大きな存在の前には、ちっぽけな僕らは共に育みあうくらいでいい」
それを聞いて、少し勇気付けられる女の子。
子育てをしていて学ぶことは多い。
子ども達の吸収力は計り知れず、大人は知れずど、精神すら鏡のように吸い込む。
それを思えば、気が引き締まる。
自分の未熟さを痛感されられることは多い。
子育てや教育に携わり、伝えたいことが洗練される。
より大きな流れが見える、それを子供たちと共に学び、育みあいたいものだ。
教育現場も子育ても(まぁ、職場でも)、信頼関係がないと成り立たない。
子どもは大人の矛盾を良く見ている。
矛盾を色んな言い訳で誤魔化しているのが大人なんでしょうが、子どもはそれに対する理解力が低いから、「大人の理屈」じゃ、納得できない。
自分の生き方に筋が通っていないと見透かされる。
食育事業者が食べ物への感謝を忘れ、ジャンクな食を好み、食べ残しを平気で捨てる。
環境教育事業者が、化学ゴミを燃やし、タバコをポイ捨て、電気空調はつけっぱなし。
環境イベントで箸や器を使い捨て紙を束で捨て、モノもエネルギーも節約できない。
「ヒドイ」と思うかもしれないが、僕の周りじゃしばしば見かけること。
理想と現実にはいつも差があるけど、それを埋める努力をしているかどうかくらい、子どもは見ている。
一本筋通していきましょう。そして大きな流れを共に学びましょう。