動物園に行くと、観ているものが哀れに思えてくる素晴です。
動物が哀れという声も聞こえるが、彼らはそこまで落ちぶれてはいないかもしれない。
いや、やっぱり、どちらも哀れかもしれない。
以前、馬事公苑の会員さんがこんなことを行った。
「馬は本当に美しい、足の太さ長さ、体のバランス、肉付き…神はなんて美しい生き物を作ったのだろうか…神のみぞなしえる業ではないか」と。
(サラブレッドは神が創ったわけではなくて、人の作った生き物…)
と言いかけて、言葉に詰まってしまった。
人は神にでもなろうというのかと、何だか笑いすらこみ上げてきた。
サラブレッドは人が千数百年かけて品種改良をつづけてきた結果だ。
平地を早く走るために、人が美しいと思う形に改良されてきた。
それが神の業だといわれれば、それはそうなのかもしれない。
交配はよくて、遺伝子操作はだめとか、動物はよくて人はだめとか、
そんな問題ではなくて、もっと根本的なところから、神の(不可侵)領域に手をだしてしまっているのではないだろうか。
サラブレッドでいえば、競走馬・競技場・美しさの代償に、野性味を失った。
すぐにお腹壊すし、風邪引くし、足は挫くし、腰は痛めるし、ちょっとした坂は下れないし…
乳児期に無菌状態で育った子供は、極端に抵抗力がなく、か弱い。
馬事公苑にきて、乗用馬の虚弱さを目の当たりした第一印象は、まるでそんな子どもだった。
我々は映像の中の馬だけを観つづけるわけじゃない。生き物を観ているのだ。
ここまでバイタリティを失った生き物のどこが美しいのだろうか?
立ち返りましょう。
神を擬人化し、神の業なんて呼ばなくてよかった頃の感覚へ。
感覚的にもっと自分たちの軸を判断すべき時ですよ。
科学じゃ何もわからない。ましてどこへ向かうべきかなんて。
p.s.
明日までに締め切りの助成金申請が。。。。
今晩、徹夜ですわ。シンドイ。
(↑因みにこれは以前に書きかけた文章です)