学習塾全体に公開
2006年07月24日19:41
金土日と、某塾主催のEnglish Summer Campにスタッフとして参加した。(http://welcome.zenkyoken.com/)
全て書き下ろすと、数万字になりそうな程、多くの発見と出会いと反省のある合宿だったが、特に印象的だった点だけ特記する。
それは、某塾のスタッフ(講師)の子どもへの接し方だ。


今回の合宿には8名のALTが参加し、外国人(異文化)との交流も目的の一つだったようだが、俺にとっての最大の異文化は、某塾の体質だった。
コギャル以来のカルチャーショックである。

そもそも、塾には微塵の期待もしていなかった。
詰め込み方教育の象徴であり、塾講師の大半は少し詰込み型の勉強ができるだけのサラリーマン。
安定志向で学校教員になる公務員主義者と大差がなく、むしろ彼らから教育者としての意識を引いた程度のこと。
しかし、ここまで酷いとは思っても見なかった。



一言でいうと「偏った過保護」であり塾に限らずありがちな光景とも思えるが、側にいて、めまいがしたり、ため息のでる出来事が多かった。

小学生にもなって、階段を歩くだけで心配される。(普通階段の心配されるのは1歳半までだろ?)
大き目のスリッパをはくだけで心配される。(転んだところで怪我するか?)
食べ物の好き嫌いは仕方の無いことであり、お菓子を食べて、食事を残しても許される。
などなど、言い出すとキリが無いが、一事が万事、驚くほど甘い。


さらに彼女等は子どもをやたらと褒める。
褒める子は育つという何とかの一つ覚えなんだろうか、塾の方針だろうか。
それとも、お世辞が習慣の日本人の性なのだろうか。

子どもが頑張ったとき、100%やそれ以上の力を発揮したときには褒めるべきである。
そもそも、「褒める」という一方的な関係に収まらないことも多いと思う。
子どもが力を発揮したとき、心からよくやったと思えるし、心が動く。
それは、大人対大人でも、大人対子どもでも同じであり、彼らの領域に踏み込むなら、それは礼儀といえよう。
それは褒めるという一方的な上下関係では表現できない。

しかし、ことあるごとに些細なことで褒める彼女等。
しかも、赤ちゃん言葉で。


大人が子どもをバカにしているのだ、子ども達が大人をバカにする気持ちも分かる。

子どもが力を発揮するとき、大人の手助けは殆ど必要ないと思う。
大人がすべきはその環境作りだ。

彼女等を見ていると、まるで富豪のお坊ちゃまと、メイドや執事との関係のようだ。

塾にとってはお客様である子どもは神様で、生徒の維持・獲得することが成績を伸ばすと同時に求められる。
そんな企業の使命が、体質に拍車をかけているのだろう。
また、親は塾に対して人間性の教育まで求めていないのだろうから、余計なことはしてはいけないのかもしれない。



塾のスタッフは全体的に、人間的な教育をする気が無く甘いが、一方で中年の男性スタッフは、時に強いプレッシャーをかける。
その対応の変化は、とても極端に見えた。まるで切れた子どもの様に。


飴と鞭という考え方なのかもしれないが、飴にも鞭にもなっていない。

(主に)メンタル面のストレスが原因の子どもに対して、プレッシャーで寝かしつけようとする。

プレッシャーをかけ続けて状況が煮詰まり子どもが泣き出すと、女性スタッフの甘やかしがスタートする。

状況の原因は比較的シンプルで、子どもはほんの少しの安心と寝るきっかけが欲しいだけだったと思う。
彼らは、そのきっかけを摘んでは、子どものペースを乱す。
彼らが子どもにプレッシャーをかけながら「寝なさい」「寝れないなら外にいなさい」と説得するときも、
「寝れないなら側にいてあげるからね」と甘い言葉で接するときも、決して子どもの目を見ない。
子どもの心理変化にも気付かず、子どもが寝てみようかなと思う瞬間にも気付くことなく、時間は過ぎていく。



彼らははシンプルで正当な理論で子どもを言いくるめる。
それは道理かもしれない、その道理で世の中が回るほど人間関係は単純ではない。
時には虚勢も大事だろうが、大人ができていないことまでも、さも正しい理論かのように展開する。常に。
それを見透かす子どもにとっては、さも信頼しがたい大人に見えるのだろう。

例えば、「ケンカをしてはいけない」理由は、ケンカをする理由と同じだけ多様にある。
子どもを納得させるのに、その場の道理に合わない理論の押し付けなどいらない。
それも赤ちゃん言葉で。子どもをバカにするのも甚だしい、それとも笑えないギャグの連続なのだろうか。

頭ごなしに状況を否定するのではなく、その状況において最も重要な問題点を具体的に説明すると殆どの子どもは聞分ける。
納得しない子どもはダメな子どもではなくて、大人が状況を理解できていないだけであって、理解できない深い背景を抱えているだけのこと。
それを全て理解する時間と余裕は、我々スタッフに許されていないことが多いが、その努力はすべきだし、その姿勢は子どもにも伝わる。


親は学校のセイにして、学校は親のセイにする。そして塾はこの有様。。。


我々、GroupCounselor(俺のポジション)は、とても強いフラストレーションを抱えた。
しかしこれは、彼らの愚痴をたたいたり、講師や塾の生徒の将来を悲観すべき状況ではないと思う。

この様なことが日本の至るところで起こっていて、そして事態はより深刻かもしれないということを認識すべきである。

コメント

顎髭2006年07月24日 20:01
ごめん!
今酔っぱらってるので
明日またちゃんと読んでからコメントする!
2006年07月24日 20:21
自分にも思い当たる節がある
そしてやっぱり反省。

なんだか帰ってきてからのほうがイッパイ考えてるね〜
subaru2006年07月24日 20:21
おお、わざわざ後日コメント宣言をしてくれたのは、髭しゃんが初めてや〜。マメですねぇ。
では、コメント期待しときます。
しま2006年07月24日 21:58
本当に深刻だと思います。
学校1つ創っても何にも解決しないです。
以前は学校創りたいと思っていたけれど、普通の学校ではだめなようです。その地域の学校全体を変えるようなアプローチが必要だと思います。
学校の先生も塾の先生も切り捨てずに、その人ももっている能力を少しでも有効活用し、連携し、それぞれがレベルアップしていく仕組みが必要でしょう。
一緒にいろいろ考えたいですね。
ユースケ。2006年07月24日 23:46
記事を読んで、深刻な状況だと感じました。
本当に考えさせられます。
社会の問題は政治・経済の衰退ではなく、後世に続く『人』を育て、伝えるべきものを伝えていない教育だと思います。
現在大学生活6年目ですが、1年生との考え方でさえ違和感を感じます。
礼儀、メンタル面の強さ、自己に対する甘さなど
不安がありますが、あきらめず粘り強く頑張ることが重要だと考えています。
subaru2006年07月24日 23:59
リサ、反省することはいいことだけど、キャラクターも含めて客観的に考えるとよかったと思うよ。

俺も自分の子どもに対しても満足な環境を作れていないし、ゆっくり接する時間もない、偉そうなこといってるけど、反省の日々だよ。

我が家は2歳半になって、魚翔を一人前として接することにした。でも、遅かったかもしれないと思ってる。

島さん、同感です。
以前は自然学校を核にした地域づくりをしたいと思っていましたが、地域というモデルを作ることで社会へ発信できる布石を作れると思っていましたが、最近は既存の機能がもっとクロスオーバーする仕組みが必要だと思ってます。

教育における中間支援組織ですね。
地域づくりNPOでは、パートナーシップをキーワードに中間支援びその考え方とその重要性が浸透し始めたようですが、教育分野ではまだまだという感じですね。

まぁ、僕の場合は教育、地域づくりに境目はないんですが、はやくその土台を作りたいものです。

しまさんとは、結局ゆっくり話せていないままですね。
会ったときは時間がなかったり、寝不足で調子悪かったり、何だったりで。
しま2006年07月25日 00:04
ゆっくり話しましょう。
飲みましょう。
JOSE2006年07月25日 08:56
塾の先生がお泊りで子供の生活の相手をするという状況は、年に一、二度の特殊な状況でしょうが、素晴さんが言うように、そこには塾というものの本質が現れていたかもしれませんね。

学習塾は民間のサービス業であり、スタッフの仕事は子供と親を満足させること、つまり子供が楽しみ、かつテストの学年順位があがることの一点に尽きます。
学校の機能の一部を特化したのが塾であり、塾を学校の代用品と捕らえる構図(多くの親はそう思っているのでは?)は問題かもしれません。
しかし、学習塾がこのようなスタイルで繁盛しているのは相当のニーズがあるからですし、塾自体を批判するのは意味が無い。
第一次大戦後の空気がヒトラーを生んだように、病んだアメリカ社会がマリリンマンソンを生んだように、日本の公教育の抱える闇が塾を生み、大きく育んでいるのでしょう。

可能なら、義務教育と大学入試の抜本的改革から始めたいところですね。
subaru2006年07月25日 10:58


Joseコメントさんきゅー。
おかげで、言いたかったことを整理できたぞ。

フラストレーションからついつい塾を非難しがちになるんだけど、そこに視点を持っても何も解決しないからね。

俺自身の文章をちょっと補足すると。

まず、カルチャーショックの大きさを表現するために一方的な書き方をしたけども、客観的にとらえると、塾スタッフの対応を加速させた要因はいくつもある。

・塾内では、教科教育の習熟だけに徹せればいいが、突然情緒教育を要求されて対応に困っている。

・昨年、子どもが怪我をする事故を起しているので、いかなる非教育的な対応をしても乗り切りたい。

・塾スタッフにとって合宿という状況は慣れない環境でストレスフルである。

そして、根本的に学習塾の体質の問題がある。

しかし、塾の体質そのものも企業使命の然るべき結果であり、合宿中の対応を加速させて要因もある意味仕方のないことであり、Joseの言うとおり責めるにも、批判するにも値しないことである。


その上で言いたかった問題の本質は、以下2点。

1.上記要員が拍車をかけたにせよ、大人の子どもに対する接し方の問題(レベル)。
(合宿の観察結果を一般化するつもりはなく、今回で再認識したに過ぎず、俺が日々感じてきた社会全体的な問題)


2.家庭、学校、学習塾という機能(目的)と(本来的な)役割のねじれ構造による責任の擦り合い。

整理するとこれを言いたかった。


そこで何ができるか、何をしたいかということだけど。
教育制度の改革は避けては通れないんだけど、政策の動向を見ていても一部逆行していたり、前進的改革に見える政策も少しずれていたり、抜本的な対策には手をださなかったりと、ハードルが高い。と同時に仮にトップダウンで先進的な改革に取組み始めても、現場はそれに対応できるのだろうか?という疑問もある。


自分の能力と力をどこに投じると効果的かというと、やはり政治ではなくて現場からのモデル作りということになると思う。
それは、しまさんも似たようなアプローチになるのかな。
Joseはまだ分からないけど、現場寄りになる気がするなぁ。(深い意味はない)


しまさんが言う「切り捨てない、全ての人の能力を活かしながら」というのはかなり包括的で直線的なアプローチだと思う。
でも問題は、既存の能力を引き出しながら、(地域レベルで)全体を導くことのできるプロデューサーがいないということ。
intermediary(中間支援組織)としての地域プロデューサーの育成があらゆる分野で必要になってくると思う。
俺はまだまだプロデューサーにも満たなくて、人材を育てる立場にはいないけれど、そこは目指して行きたいと思う。

顎髭2006年07月25日 12:45
subaru・・・・

酔っぱらってなくても難解だった・・・orz

俺の場合、教育とか学校とか専門的に動いているわけではないが

二児のパパとして意見を言わせてもらうならば・・・

田舎に住んでて良かったなと思う

息子の小学校は今にも廃校になりそうなぐらい人数少ないが、PTAと教師が一緒になって学校運営に取り組んでいる。

やりたいことができるし意見もすごく通りやすい

後少しで小学校は俺の支配下になりそうだw

それまで頑張るぞっと!
subaru2006年07月25日 14:03
小学校征服ですか、いいですね。
よし、俺も世界征服目指すぞ!



さてさて、そんなに難しいことを書いてあるわけじゃないんですよね。
難解に見えるのは、文章の書き方が下手なだけです。(はい、すんません)

「日本は田舎から変わる」
師・片岡勝もよくそんなことを言っていたな。

でも、田舎の過疎地域は、少子高齢化でも低経済(格差社会)という意味で、既存財産を最大限に活かして残して生き残るしかないと言う意味でも、時代の最先端を行っているし、クラスターが小さいので、モデルを作るにも動き出した早いですよね。(動くまでが遅いのが難だけど)
U-TA2006年07月25日 16:08
ほー、subaruさんの経験を聞いてカンボジアでも思い当たる事があるので少し。
いま僕はカンボジアのプライベートスクールで平日は英語を学んでいるんですが、けっこう同じような状況ですね。
子供がゴミを捨てても教室を汚しても教師が掃除するし、多分怒ってないんじゃないかなぁ。子供が勉強している時間は朝と昼間が多いくて俺は4時から勉強しているので直接見たわけじゃないので確かな事は言えませんが、教室や生徒を見る限りそうですね。
だいたい日本と同じような問題をもってるんじゃないかなぁ。
お客としての子供 ですね。
教育者というより講師ですね。

この前あまりにも授業に来ない生徒が久しぶりに来たので、担当教師が教室で「君がいくら英語が話せてもグラマーはきちんと勉強しないとネイティブにはきちんと伝わらないよ」
と言ったらそれでプライドが傷つけられたのか次の日から全く来なくなりました。
たぶん親から甘やかされて育ったんでしょう、彼は。
これだけ見て、おれはカンボジアも日本と同じように一部ではぬるい環境になってるなと思いました。
カンボジアでは道で寝るコもいますが、一部の経済的に裕福な家庭の子供は大人や先生に対してふてぶてしいと言うかなめくさっていると思います。
でもそうなったのもおとなの態度から始まっているのだからなんともやな気持ちになります。
p.s.
返事が遅くなりましたがカンボジアから日本へ筏でっというプランはせっかく誘ってもらったのですがごめんなさい。
あと帰国は11月3日に決めました。
subaru2006年07月25日 16:26
おおっ、イカダ計画真剣に考えたたんだ。
お前もヘンタイやな。


日本人の一般的な感覚としては、カンボジアっていうと途上国って印象が強いけど、実際のところは、貧富の差が激しいだけで、都市部の裕福な階層の人達は、日本と同じような問題を抱えているみたいだね。
だから、日本は国境を越えて、地域間がそれぞれの問題や解決モデルを共有して、アジア全体として切磋琢磨、触発していかないとね。

「教師ではなくて、講師・・・・」それはそうなんだけど、
でもそれ以前に大人であれと言うことだな。
U-TA2006年07月27日 11:46
ん〜うまい要約だー。
まぁそうですね。
うん、おれヘンタイですね、でもsubaruさんはヘンタイから1コ上のレベルにいますね。まぁヘンタイ大将みたいな!
イカダはちゃんと考えましたよ〜。
subaru2006年07月27日 12:02
ヘンタイは昇級すると、ヘンタイチョウになれる。
U-TA2006年08月02日 19:36
なるほど(笑)次のレベルはヘンタイチョウかー、最終的には元帥なるのでありますか?大将殿!!
subaru2006年08月04日 08:24
学習塾の講師は、個性が大事!!

http://www.youtube.com/watch?v=K4slIWFXviQ&search=ogino
U-TA2006年08月06日 20:54
荻野 暢也って人おもしろいですね〜。
「この点はでねぇーよー!」にやられました!(アンド爆笑)
こんな先生だったら俺の数学の点数もあがったでしょうし、
理系に進んだかもしれません。でもあまりの厳しさに泣きが入る可能性もありますね。
subaru2006年08月11日 08:18
「ぉぉお〜ん」

そこまでして詰め込まんでもいいだろうに。