しかし、五ヶ瀬から高千穂、日之影にかけてのあのエリアはとても気に入っている。
山の雰囲気もいいし、いい場所が多い。神話が多く残す山々は、それだけ自然のポテンシャルが高いのだろう。
日之影でも川沿いにテントを張り、カヌーをして遊んだことがあり、夜に渓谷を猫バスのように抜ける高千穂鉄道や、朝の霞に浮かぶ陸橋など、いい映像と空気を記憶している。
その宿営地から徒歩数分の集落で、竹職人・廣島一夫さんが工芸を営んでいた。
キャンプに来た当時も竹には興味を持っていたが、日本を代表する名工がそんな側にいたとは思いもしなった。
竹細工の文化は「サンカ」の歴史を抜きには語れないようだが、私も詳しく知らないので後に書きたいと思う。
廣島さんは15歳で職人に弟子入りして以来、竹と向合い続けてきた。現在90歳の現役だ。
サンカの末裔と同時代を過ごし、竹細工の技術、文化を受け継ぎ、生活の中の竹細工を作り続けてきた。
直接聞いた話ではないが、若い頃は、集落の家々に泊まりながら、使う人の手に合わせた道具を作ってきたらしい。
現在は、売り物は作らず、竹を楽しむことと、後世に竹細工を残すために、博物館に収蔵するための品物を作っている。
私が訪ねたときも、収蔵用の「うなぎぽっぽ」を作っていた。
博物館とは、米国スミソニアン博物館研究所国立自然史博物館で、現在既に100点以上が収蔵されている。
同サックラー美術館で開催されて「日本の田舎の籠職人展」で大きな評判を呼び、全米での巡回展に発展した。
ロンドン駐英日本大使館で欧州巡回展が開催され、全ての展示品は大英博物館に収蔵された。
日本では、その名は余り知られていないが、世界的にはとても有名な方だ。
一つの地域性に完結し、サンカの流れを酌み、百数十種類の生活の道具を作ることができるのは、日本でも廣島さんくらいだろう。
その意味で、日本を代表する、そして最後の竹職人と言っても過言ではないだろう。
悲しいことに、収蔵先は米国だ。しかしそれは正しい。
スミソニアンは本気で数百年は保存しようとする。
国内では、その価値は認められていないし、本気で保存するところはない。
生活の道具は、使われてこそ生き、保存は本来の目的ではないが、その営みの存続が危ぶまれる今、受け継ぐ人もいない、保存する体制もないことは、情けないとしか言えない。
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今回は出会ったばかりの友人の廣島さん訪問に便乗させてもらい行くことができた。訪問が決まったのは、前日の夜遅くのこと、その友達に初めて出会ったのは、その数時間前のこと、会うことが決まったのはその日の夕方だった。
前日の夕方までは別の用事が入っていたし、一緒にいった友達と出会う予定も無かった、最近「竹」が気になって仕方なかったが、想えば道が開く気がした。
今回、廣島さんに出会うことができて本当に良かった。
熟練の技術もさることながら、その生き様に心が動いた。
こんなことを言っては失礼だが、さすがに90歳といえば、手捌きは衰える。若手(50代も若手らしい)の職人さんに比べたら、技術は劣っているかもしれない。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。 75年間の竹と共に生きた人生、廣島さんの竹に向合う姿勢、愛情・・・そんな生き様に感極まった。
私はこんな人生を歩めるだろうか、いつまでたってもジェネラリストでスペシャリストになりきれない私にとっては、憧れと、自分の人生これでいいのかと不安感さえ感じた。
廣島さんが若き日頃は、一戸一戸を泊まり歩きながら家事具、農具、漁具など、どこの家々にもあった竹の道具を、作ったり直したりして暮らしていたそうだ。道具の多い家では、2~3泊することもあったそうで、一つの集落に1~2ヶ月いては、次の集落へ移ることもあったそうだ。
当然だが、今も昔も竹の道具に規格はない。地域や使い手に合わせて、調整される。使い手の注文に合わせながら竹の道具を組んでいく。壊れたら直す、その人の癖に合わせて、直したり、補強したりする。昔の道具はみなそうだったのだろう。廣島さんが手にかけていた竹の道具達も、一軒一軒、一人一人の体格、使い方など個性に合わせて、形をかえていく。
生きるための道具はただのモノではなく、もっと近い存在だったのだろう。使う人がいて、作る直す人がいる。
モノのあり方、付き合い方についてとても考えされられた。 私は道具はたくさん持っている方だけど、道具にかける愛着といえば、高価だったとか、長く使っているという程度のもの。直し直し愛着を重ねながら使っているものは数少ない。
モノの安売りで直すより、新たに買ったほうが安くなってしまった。
大切なことを失っている気がした。
廣島さんが竹を扱う姿は、竹と会話をしているように見える。
「まずは、竹を楽しむことだよ」と語る廣島さんからは、心から竹が好きなオーラがでている。
そして、若い人にまず竹の楽しさを伝えたいと思っているようだ。
廣島さんが伝えたいと思ってる竹の楽しさを、少しでも多くの人に伝えられる一助になれればいいなと思った。